25歳までに転職する人材
営業マンは他職種に比べ、会社を辞める比率が高いのです。
遅いか早いかの違いはありますが、死ぬまで1つの会社にいる人はあまりいません。
しかし、多くの企業の営業は、基本的に社員が会社を辞めないことを前提に行われています。
これによって大変非効率的なことが起きており、近い将来問題になると思われます。
業種と規模、社風などによっても違いますが、一般的にいえば今の若い日本人は、会社を辞めることに対して何の抵抗もありませんし、辞めることをむしろ前向きにとらえる人が増えました。
これからはこの傾向が急速に加速すると思われます。
戦後、日本企業は長期間にわたって高度成長を謳歌してきました。
人手不足が社会問題になり、「人手不足倒産」まで起きました。
このために社員の確保が企業の経営課題の一つになり、社員にずっと自社で働くことを期待し、奨励しました。
つまり、「終身雇用制」は企業側の都合だったのです。
日本人の集団心理をうまく利用し、1つの企業に尽くすことは美徳とし、会社を辞めることは裏切り行為と見なすようになりました。
これも前章で述べたように、単に長く続くことで習慣化したものです。
つい最近まで、終身雇用制は日本企業の文化だと言う人がたくさんいました。
しかし、この数年間、日本を代表するような企業も大量のリストラを余儀なくされています。
これで社員たちは、ようやく「終身雇用制」は企業のためにあったことが分かりました。
企業のためではなく自分や家族のために働く感覚が、今の若い人たちはもちろん、中年の人たちにも広まっています。
一つの会社にずっといることを前提とせず、もっと自分の生き方に合う企業、もっとやり甲斐のある企業、もっと条件のよい企業に転職していくことが、自然なことになります。
今25歳世代の社会人の多くは、インターネットを通じて就職活動を行った人たちです。
インターネットの現状を知らない人は、「雑誌の代わりにインターネットから企業情報を調べただけだろう」と決めつけるかもしれませんが、そこは知らないだけです。
就職活動を行う際、学生達は求人募集の情報を流す求人企業にメールアドレスを教えています。
求人企業はそのアドレスにいろいろな会社の情報を流すことで、求人募集している企業から広告費をもらうわけです。
学生が意中の会社に就職しても、求人企業はその学生のメールアドレスを忘れたわけではありません。今度は転職情報を流してきます。
なぜならば、世の中に中途採用のニーズもあるからです。仲介業者は何度も儲かる仕組みを考案しているのです。
若い社員の警戒心をなくすために、露骨に「転職したらどうか」と勧誘はしませんが、「会社はあなたを正しく評価していますか」、「自分の市場価値を計ってみませんか」とゆうようなキャッチコピーで、インターネットを通して診断ソフトを用いてリアルタイムで診断結果を出します。
スキル、特徴、学歴、勤務年数などの簡単なデータを入力すれば、すぐ結果が出てくるため、世の中をよく知らない自分の評価に不安を持っている若い社員がやってみたくなる気持ちもわかります。
診断ソフトから出てきた結果は、「今の評価は不当だ」と感じさせるものが多いようになっています。
当然その後、ご親切に「ちゃんと正当に評価してくれる会社はありますよ、面接してみませんか」のような勧誘が入れます。
しかも、それぞれ該当企業のデータを自動的に見せてくれます。
インターネットを利用すれば以上のやり取りはほとんど人手をかけずに、リアルタイムで行うことができます。
社員が少しでも不安と不満があれば、求人企業がすぐ細かいサービスメニューをもって対応してくるため、転職は本当にしやすくなりました。
ここからも分かるように、インターネットの普及によって我々の価値観も変わらざるを得ない側面があります。
誰が良い、誰が悪いという問題ではなく、変化は雨が降ると同様に自然現象であり、その変化を恨み拒否する人と企業は、変化の波に飲まれて淘汰されるだけです。
これで雇う側も雇われる側にも、人材流動の理由と条件が揃っていること、さらにその流動性がますます高まっていることも分かっていただいたと思います。
では実際、日本企業は社員が辞める前提で運用されているでしょうか。そのような運用ノウハウと心構えがあるでしょうか。
もちろんこれは求人活動、人事、業務フローなど全体の運営との統合性がないと無理ですが、以下は営業という本書の本題に限って考察してみましょう。
はっきり言って営業は、人材流動が多い状況の中でもさらに流動性の高い職種です。
会社によって違いますが、数ヶ月で辞める営業マンもいれば、数年で辞める営業マンもいます。
辞める営業マンがいれば当然、中途採用で入社する営業マンもいます。
つまり、ある一つの顧客をとってみても、担当する営業の人間は、何度も変わるということです。
ここで、大変慌てる企業が多いのです。
担当が変わると経緯が分かりません。一応引き継ぎはどこもやりますが、文章と口頭による説明には限界があります。
3年間にわたって数百の顧客に何をどうしてきたかについて、簡単に説明できるわけがありません。
たとえできたとしても、辞める人も引き継ぐ人もこのために1ヶ月間の共同作業が必要になります。
結局ほとんどの営業マンは、数年間の顧客情報とともに会社を離れてしまいます。
このことによる損失は見えないため、経営者は深刻に受け止めていません。
単純に営業マンが辞めたらイメージが悪いと考えている経営者も多いのですが、はっきりいってそれは彼らが転職をマイナスととらえているからです。
顧客は商品とサービスを会社に求めているのであって、社員に求めているわけではありません。
担当営業マンが辞めても、新しい営業マンが過去の経緯を全部知っていれば、かえってよいビジネスになるケースも多くあります。
また顧客の窓口も人材ですので流動します。
こちらが変わらなくても顧客が変わることがあります。
お互いの担当者が交代しても、ビジネスの流れが途切れなく続くためのノウハウと仕組みを取得しないと、今の時代の効率的な営業をすることはできません。
個人の都合で企業のサービスや品質にばらつきがあったり、不連続性が生じたりすることは、企業の仕組みに問題があると理解すべきです。
社員の責任でもなく、もちろん時代の責任でもありません。
時代に順応しない経営者の責任です。
「ITの泥仕合」で触れましたようにCRMの手法を活用すれば、誰が辞めても顧客との接触情報が残るため、顧客に迷惑をかけません。
また、これに加え、営業のプロセス(業務フロー)自体も改善する必要があります。
営業プロセスをセグメント化し、一人の営業マンにすべてを担当させないようにするのです。
案内状送付は外部に委託し、電話営業は電話上手な社員に頼み、商品説明は営業マンが行い、保守はサポートセンターのスタッフにお願いする。
このようにして、まず一人の営業マンが川上から川下まで一顧客の面倒を全部見るプロセスをやめることです。
現在ではスマートデバイスから簡単に関連のプロセスがどうなっているかを知ることができるので、プロセスを分断して専門化させた方がトレーニングや慣れの観点から見ても効率が上がります。
当然、一人が全部ではなく一部だけを担当しているため、その人が辞めるときの影響も少ないわけです。
残っている情報をみて後任の人はすぐ役割を理解します。
人が足りなくなったら部分教育を行えばよいので、人材の育成も早いのです。
これを読んで気を害して「人を材料のように使っている」と思う人もいると思いますが、冷静に考えていただきたい。
我々人間も「材料」です。「人材」という言葉を、皆使っているのはありませんか。
「適材適所」という言葉もあるのではありませんか。
全部一人の営業マンに任せることこそ、人間の無駄使いです。
クロージングのときは説得力の強い人が担当する、クレーム処理のときは口下手で忍耐力のある人が担当する。これこそ人材の正しい活かし方でしょう。
我々は自分の「材」をうまく利用されたとき、幸福感とやり甲斐を感じるものです。
「責任感」、「モチベーション」を強調してもよいのですが、それを仕事なら何でもやると誤解すると、全体の効率が悪くなるだけです。
また、「やる気」と「責任感」と「愛社精神」を強調し一人に何役も、しかもなるべく長くさせる経営者は、プロセスの理解と改善に興味のない、単に楽に経営したい経営者かもしれません。