ITの泥仕合
ITがそろそろ日常語になるのではと思ってしまうぐらいに、世の中はITの時代です。
しかしこのIT時代に我々のビジネススタイルはきちんと順応できているのでしょうか。
営業を経験した人であれば、営業は情報の勝負だと分かります。
だから理屈でいえば、情報通信技術(IT)を最も活用すべき分野の一つです。
しかし、前節の「営業は足で稼げない」でも触れたように日本の経営者の多くはまだ「営業は根性」論の世界にいます。
だからこそ、ITについて議論することが大切なのです。
「日本の経営者がITへの認識が足りない。だから日本企業が出遅れたのだ」とはアナリストやIT業界の人たちがよく口にするコメントです。
これに対して、「ITで企業が動いているわけではない。使えないシステムを高く売るIT業界は甘い」と経営者からIT業界への批判には手厳しいものがあります。
はたしてどちらが正しいでしょうか。
結論は両方にも問題があると思います。どちらかと言えばITを提供する側の問題はより深刻だと思います。
裸のモノ作り企業でもふれましたが、モノ作りの企業が日本経済を支えてきたために、モノを作ってきたメーカーの社会的な発言権が強かったのです。
モノ作り企業のカルチャーと考え方は、そのまま日本企業のカルチャーとして定着し、人々の感覚を染めてきました。
実はIT業界の人たちも例外ではないのです。
IT業界の人たちは火星人のように一夜にしてやってきたのではなく、メーカーから分社化した企業の社員だったり、メーカーを辞めた人だったりします。
ITを提供する側も受ける側もITを技術としてとらえています。
技術はモノと同じで「部分的存在」に過ぎません。
受ける側が、一つの部分的存在で自分の会社がよくなるわけがないと考えてもおかしくありません。
提供側は米国ではこの技術を導入することでよくなったのに、日本は導入しないのは経営者の考えが遅れているからだと考えてしまいます。
ここに提供する側とされる側の、ボタンの掛け違いがあるのです。
ITは本来、「最先端の通信技術を用いたビジネスの新しいやり方とスタイル」を意味します。
「仕事の仕組み」と「プロセスのあり方」に重点を置き、「存在」である技術はあくまでも道具にすぎません。
「技術は道具に過ぎない」ことは確かですが、「情報技術」と直訳されるITを軽視する経営者にも問題があります。
だから、ボタンの掛け違いという悲劇が起きたのです。
ITを提供する側がITを理解していなかったせいでしょう。
もともと、日本の経営者たちが危機感をもっていれば、世界で何が起きているかを知ろうとしていれば、自己変革を起こすことができました。
しかし、モノ作り名人であることにあぐらをかいて、それを見逃してしまったのです。
何回も触れましたが、日本のIT企業のほとんどがメーカーと同様に通信技術のハードウェアを作っている企業、つまり以前からあったモノ作り企業です。
しかし、インターネット技術を利用したビジネスの仕組みやノウハウをソフトウェアに凝縮させる、いわゆるソフトウェアメーカーは少ないのです。
ソフトウェア製品を世界に輸出する企業は本当にまれです。
日本のソフトウェア市場の主役は基本的に欧米企業です。
OS(基本ソフト)からデータベース、グループウェア、基幹システムまで、欧米製品が支配しています。
グローバルな時代ですからこの現実は自由競争の結果であり、問題はありません。
また、日本製品は世界中に売られているのですから、不愉快になる必要もありません。
しかし、大きな問題はあります。
ソフトウェアはハードウェアと根本的に異なり、モノではありません。
目に見えない考え方、仕組み、ノウハウ、スタイルを情報技術と一緒に凝縮させた「手引書」のようなものです。
ハードウェアを売る時はモノを置いていけばいいのですが、ソフトウェアを売る時にはそういうわけにいきません。
提供を受ける側の経営者が情報技術を活かした仕組みとノウハウを持っているのであれば、ソフトウェアを買ってすぐに効果を出すことができます。
IT先進国にはこのような経営者が多いと言われています。
彼らは先に情報技術を用いたノウハウと仕組みを編み出して、後でそれに合うソフトウェアを開発したからです。
日本の経営者はモノ作りにあまりにも集中しすぎたため、情報技術を利用する営業などを含めた企業全体の合理化が遅れてしまいました。
日本のIT企業が、土壌に合うノウハウと仕組みをソフトウェアとセットにして企業に提供できていれば、日本の経営者ももっと早く問題の本質に気付くことができたはずです。
ところが肝心のIT企業自身が欧米のマニュアルを翻訳するのに精一杯で、ノウハウと仕組みを理解するところまでできなかったのです。
結局、欧米の製品を輸入し、インテグレーションしてそれを商売にする日本のIT企業は「グローバルスタンダード」という脅しを振りかざして日本企業にIT 投資を促しています。
本来ならば、IT企業が自ら勉強・理解して顧客にIT製品とノウハウを一緒に提供できれば効果的なのですが、そんなに時間も投資もかけたくないというのが本音でしょう。
最も皮肉なのは、顧客にITをすすめる企業自体がIT化されていないことです。
たとえば、インターネット、電話、FAXなど複数のチャンネルを通じて、全社的に顧客とのビジネス関係を効率的にマネジメントし、トータルな営業効率と顧客満足を上げていく考え方を欧米ではCRM(Customer Relationship Management)と言います。
営業マンも、電話対応係も、受発注業務の人も、顧客との接触情報を顧客ごと、商品ごとに履歴データに残してすべての人たちがこの共有データを見られるようにします。
経緯を知って顧客ごとに最適な対応を行えば、重複が避けられて顧客も満足できます。
誰でも思いつきそうなことで、できればやりたいことですが、言うほど簡単ではありません。
情報技術をうまく利用しないと、膨大な時間とコストがかかってしまい、現実性がありません。
最近のインターネットの普及、通信環境の改善およびデータベース技術の向上によって、この考え方がやっと現実的になりました。
話しは戻りますが、CRMという仕組みをビジネスに導入するためのソフトを輸入して販売しているのは、いわゆる日本を代表するようなIT企業です。
しかし、これらの企業のほとんどは驚くことにCRMソフトを使っていないのです。
自分が売っている製品を理解していないのか、信じていないのかどちらか分かりませんが、IT企業のこの姿勢が一般企業から「甘い!」といわれるのは当然です。
ITを巡る泥仕合において、提供する側と受ける側のどちらにより非があるかと問われたら、それは明らかに提供する側に非があります。
しかし、IT企業の社員を皆失業にさせたからといって、企業はよくなるわけではありません。
企業の経営者は本来自らインターネット時代に合うビジネスの仕組みとノウハウを探し求めるべきです。
薬は自分のために飲むもので、医者のために飲むものではありません。
また、たまにヤブ医者がいるからといって、病院に行かないわけにもいかないのと同じです。